「オレ的と行く」第4回、5pb.社長志倉千代丸さん、インタビュー後編です。(前編はこちら)
今回はなんと知る人ぞ知るジャンクハンター吉田さんに同行していただきました。以降のインタビューは吉田さんにバトンタッチしたいと思います。それでは吉田さん、よろしくお願いします!
Kotaku JAPANではお初にお目にかかります。アラフォー系ブルーカラーな自称「おっさんニィト」のフリーライター、ジャンクハンター吉田と申します。
友人である『オレ的ゲーム速報』のJin115くんと共に、5pb.の志倉千代丸社長をターゲットにツープラトン攻撃なインタビューを行なってきました。筆者の大好きな『ファイヤープロレスリング』のお話含め、ヒューマン時代の知られざるエピソードをガッツリうかがってきました!
―まずは千代丸さんがヒューマンに入ることになったキッカケを教えてください。
学生時代から、コントローラーをぶっ壊したり、友達関係がグダグダになるほど『ファイヤープロレスリング』を遊びまくってたんですが、音楽が今ひとつピンときてなくて苛立ちすら感じてたんですよ。ずっとロックバンドをやってたこともあり、ロック魂的な意味で今考えれば無駄な熱が溢れ出していたので(笑)。
そんな自信満々だった僕はナマイキにも「オレが『ファイプロ』の音楽を作っていくしかねぇだろ!」と。...当時は(当時も?)かなり中二病入ってました(笑)。
ほんと、今思えば何を考えてんだか...と呆れるほどですが、当時は先程の無駄なロック熱や、ほとばしる中二状態がピークだったので「仕方ねぇ、俺がゲームメーカーで働いてやるか!」くらいの上から目線で就職活動を開始しました。録音したテープをゲームメーカー8社ぐらいへ次々に送ったと思います。その結果、幸いなことに5~6社ほど通過したんです。
で、その内の確か3社に面接へ行き、その中にヒューマンというゲームメーカーがあったんです。当時吉祥寺にあるオフィスにうかがったとき、会議室にアメフトのヘルメットがあったりしたのが物凄く印象的でお洒落に感じたんですよねぇ。スポーツゲームを作ってるメーカー! ってだけあってカッコ良かったんですよ。
で、「よし! この会社へ入社してあげよう!」みたいな(笑)。当時の自分へDメール送りたい気分です。お前死んでよし、と。
―当時は20歳そこそこの年齢でしたよね?
そうですね。アメフトのヘルメットに魅了されてヒューマンへ入社して、スーパーファミコンの『スーパーファイヤープロレスリング』の開発を担当させてもらう事になりました...が、そこから地獄の1年が始まったのです。完全に鼻をへし折られました(笑)。
スーファミのサウンドチップの仕様を知るにつれて、色んな意味で「できない...」という挫折を味わったんです。スーファミの基本仕様の中で自分なりに作った音楽を奏でると「うわぁ、オレのギターサウンドしょぼい!」みたいな感じなっちゃって...もう絶望的(笑)。
入社してからサウンド面に関するハード制限の全貌が少しずつ見えてくるにつれ、イメージしていたサウンドも出せず「俺には向いてないかも...」ってくらい落ち込みましたね。

それでもなんとか試行錯誤しながら適度に頑張って、まぁ根がオタクな事もあって、自分なりのサンプリングセオリーを組み立ててみたり、色々なハードウェア面の特徴も少しずつ理解していく事で、1~2年してやっと「オレのサウンドはどうだい?」ぐらいの自信が戻りましたね(笑)。それでも今聴くとお恥ずかしいばかりですが...。
―当時、スーパーファミコンのサウンドで高く評価されていたのは古代祐三さんの『アクトレイザー』だったと思うんですが、意識はしましたか?
色んな作品のサウンドを意識しましたが『アクトレイザー』ももちろん参考にさせてもらいました。「え!? これどうやって鳴らしているんだろう?」みたいな衝撃を何度も受けましたね。古代さんといえばFM音源の神みたいな人ですからね。
当時のゲーム雑誌には古代さんのFM音源のアルゴリズムが掲載されていたりもしたので、すごく参考になりました。生楽器の音に比べると、FM音源は元が機械で作られた計算波形なので波形パターン的な意味でサンプリングしやすいんですよ。あの頃は各メーカーが最適かつ効果的なサンプリングに関する技術競争をやってた時代でした。
―スーパーファミコン全盛期にはかなりの数の音楽トラックをつくったと思うんですけど、どのぐらい作ったんですか?
えーっと例えば『スーパーファイヤープロレスリング』1作品だけでも100曲以上の楽曲が入っていたりするんですよ。そう考えると相当な数ですよねきっと。先輩が作った『ファイヤープロレスリング』楽曲を僕がアレンジしたりもしてましたね。
―『爆走デコトラ伝説』もいい曲でした。楽曲参加しているメンツが豪華過ぎて!*
*『爆走デコトラ伝説』には、北島三郎さんをはじめとする演歌界の実力者たちがBGMを歌い上げている。
『爆走デコトラ伝説』はヒューマン時代の僕の最後の作品です。これがまさかの大ヒットでした。僕としては、正直あんなにヒットするなら、もう少しちゃんとトラックを作っておけば良かったなと...。
いや、実は初代デコトラのカラオケトラックって、ローランドのSC-88のみで作ったものなんですよ。お馴染みの音色オンパレードみたいな(笑)。
―デコトラ伝説は映画化もしましたからね~。
今の若いゲームユーザーの方は映画化したことすら知らないと思いますけど...(笑)。

―その後ヒューマンが倒産しましたけど、スパイク*には行かなかったんですか?
*ヒューマン倒産時、スタッフやタイトルの権利といった資産の多くがスパイクに引き継がれた。

ヒューマンが無くなる以前に退職していたんですよ。コレという退職理由は無いのですが、音楽制作だけで考えると、色々なレコーディングスタジオを巡ったり、また色々と外部の人との出会いもあって楽しかったんですよね。
期間の長いゲーム開発はもちろん楽しいのですが、音楽を中心にしたスピード感で作品作りが出来たら、それもまた違った楽しみがあるんじゃないかな? と思ったんです。
そんな頃、幸いなことに「一緒にやろうよ」みたいな話を頂いて退職を決意しました。『デコトラ伝説』や『御神楽少女探偵団』など、歌モノの楽曲作りを担当させてもらった経験は大きかったですね。
―5pb.設立の経緯をおうかがいしてもよろしいですか?
色々あって今から約5年前に株式会社5pb.を設立しました。志ある同士が10人近く集結した事もあり、CDの製作ができる、ゲームの音楽も作れる、宣伝担当もいる、デスクもいる...。これはスグにでも会社にしなければ全員がのたれ死ぬ!と(笑)。
2~3ヶ月の間みんなで集まってミーティングしていたんですけど、予約に際して団体名が必要だったので、そのときは『かぼちゃ一族』という名前で活動していました。
―『かぼちゃ一族』!? ...それは恥ずかし過ぎるネーミングですねぇ(笑)。
名前の由来は『サラダの国のトマト姫』から取ったんですが、受付から「かぼちゃ一族さま~」と呼び出される度に恥ずかしくて「うぅ、この名前にしなければ良かった...」と何度後悔した事か(笑)。
ミーティングの中で会社を立ち上げるのに必要な資本金や営業キャッシュの話しになって、みんなでお金を出し合えばなんとかなる!...かも! と。で、ホワイトボードに『いくらまで出せるかメモ』を書き上げていったのですが、さすがにメーカーを興すとなると全然足りなくてダメでしたね。そこでスポンサーになってくれるところを探そうと動き出して、なんとか会社を立ち上げられたんです。
その時にはすでに、会社を作るなら社名は「株式会社5pb.」にしようと決めていたので「株式会社かぼちゃ一族」になる世界線からはなんとか回避しました(笑)。
そこからはみんなで楽しくオフィス探しとかやりましたね。オタクなモノを作ろうとしているのに、何故か「代官山とか渋谷とかお洒落な街が良いよね」なんて(笑)。とにかくオシャレな場所でやりたかったんですけど、今考えると「なんでだろ」と(笑)。家賃高いし...(苦笑)。
―5pb.ってどういう意味なんですか?
『5 Power&Basic』5つの基本的な力。もしくは『5 Perception-Being』つまりは両方とも「五感」を表すもので、その頭文字をとって『5pb.』としました。人間が感動できる入り口は、五感以外にあり得ないんです。感動を呼び起こす刺激を作りたい、そんな願いを込めています!
志倉千代丸(しくら ちよまる)さん:
ヒューマンにて『スーパーファイアープロレスリング』などの楽曲制作に携わる。後に独立、フリーランスの作曲家として活躍し、2005年に5pb.を設立。楽曲制作のほか、ゲームの原作なども手がけている。5pb.Games作品:
STEINS;GATE、CHAOS;HEAD、Lucian Bee's 、メモリーズオフ、11eyes CrossOver、などなど。
<インタビュー後感想>
20代のJin115くんと40歳の筆者とでは、千代丸社長に対するインタビューアプローチが異なることから、パート別に切り分けての掲載にして頂いたのですが如何でしたか?
実は千代丸社長と筆者は同い年でもあったので、インタビューで取り上げなかった80年代マイコンゲーム時代の古き良き作品を懐かしむ"おっさんゲーマー"トークもあったのですが、「80年代は山下章さんのおかげでアドベンチャーゲームが如何に業界を席巻していたか」などのスーパーマニアックなネタのオンパレードだったこともあり、今回のインタビューでは掲載を見送らせて頂きました。
千代丸社長いわく「80年代のマイコンゲーム時代は一番ゲームをやっていた頃だったので、機会がありましたら今度はその当時を振り返るアドベンチャーゲーム話をしましょう」とのこと。読者からの千代丸社長再登場のリクエストがありましたら又、Kotaku JAPANへ降臨致します。
(ジャンクハンター吉田)
吉田さん、どうもお疲れ様でした。実はジャンクハンター吉田さんとはtwitterで冗談交じりに「一緒に5pb.に行きましょう」って話を振ったらノリノリで断れなくなってしまったんですよ(笑)。でも同行して貰って正解でした、志倉社長の昔の事を色々と勉強させて頂きました。5pb.はあれだけ騒がれてるのにまだ出来てから5年目の会社なんですね、ここまで急成長したのは本当に凄い。今後の活躍が非常に楽しみです。
なお、オレ的ゲーム速報@刃にも、志倉さんのインタビューが掲載されています。興味のある方はぜひご覧ください!
(Jin115)
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